一般社団法人
伊豆石文化探究会
~忘れ去られた石の文化・伝承を、地域の文化資源として掘り起こす~
~忘れ去られた石の文化・伝承を、地域の文化資源として掘り起こす~
伊豆の「いしおくり伝承」の歴史的意義を動画にしてみました。
Stones of the Shogun: How Tokyo Rose as Japan’s New Capital | Japan Travel & History Tour
一般社団法人伊豆石文化探究会は、地域の文化資源を学術的な調査研究によって明らかにし、その保存・継承と、教育・観光・まちづくりへの適切な活用を支援する非営利の一般社団法人です。
当会では、人文科学・社会科学・自然科学を横断し、地域の担い手、文化資源の所有者、専門家、大学、行政等と連携しながら、史料調査、現地調査、建造物調査、石材分析、聞き取り調査、記録保存、情報発信等を行っています。
当面は、伊豆半島及びその周辺地域に残る石材産業遺産を重点的な研究・活動対象としています。「伊豆から江戸・東京へ石を送り、都市建設を支えた」という地域の伝承を、史料と遺構の双方から再検証し、石切場跡、石造建築物、石材流通、温泉文化等を一体的な文化資源として捉え直すことを目指しています。
また、調査研究の成果を地域へ還元するため、小学校等での教育活動、講演・展示、文化財・地域遺産の保存活用支援、出版・ウェブ発信、学会発表等にも取り組んでいます。文化資源に関する調査、記録、保存、教育普及等についてのご相談も受け付けています。
伊豆石に関する研究は、江戸城をはじめとする近世城郭の石垣や石丁場、墓石等を中心に蓄積されてきました。一方、近代以降の採石・流通、石造建築物、都市建設との関係については、なお明らかになっていない点が多く残されています。
当会では、既往研究を踏まえながら、史料調査、石切場跡や建築物の現地調査、石材分析等を組み合わせ、伊豆半島及びその周辺の石材産業を、採石・加工・輸送・流通・利用まで一体的に捉える研究を進めています。
特に、近世から近代にかけて伊豆の石材が江戸・東京、横浜等へどのように運ばれ、都市や建築物の形成に用いられたのかを検討しています。研究成果は、学術論文、学会発表、報告書、講演、ウェブサイト等を通じて公開しています。
一般社団法人伊豆石文化探究会では、調査研究の成果を専門家だけでなく地域の皆さまと共有するため、講演会、展示、学校教育、現地見学、冊子・ウェブサイト等による情報発信を行っています。
また、石材産業や石造建築物を地域資源として活用する全国各地の団体・研究者との交流を進め、地域を越えた情報交換とネットワークづくりにも取り組んでいます。
調査研究によって得られた知見を地域へ還元し、文化資源を次世代へ継承することを大切にしています。
伊豆半島及びその周辺には、伊豆石を用いた石蔵、倉庫、住宅、庭園、石垣等が数多く残されています。一方、老朽化や所有者の高齢化、維持管理の負担等から、十分な調査や記録が行われないまま解体される例もあります。
当会では、石造建築物や石切場跡等について、保存だけを唯一の選択肢とするのではなく、学術的な価値を確認したうえで、記録、修繕、保存、活用、解体時の資料保存等を含めた適切な方法を考えることを大切にしています。
伊豆石が使用されていると思われる建物、石切場跡、古写真、古文書、石材業に関する記憶や資料等について情報をお持ちの方は、ぜひ当会までお知らせください。
また、継続的な調査研究・記録保存・教育普及活動を支えるため、当会の活動へのご寄付・ご支援もお願いしています。
お問い合わせ:contact@izustone.or.jp
以下では、1970年代以降に行われてきた伊豆石、石丁場、石造建築物、石材流通等に関する主な研究、調査、保存活用、地域活動を紹介します。一般社団法人伊豆石文化探究会の活動だけでなく、行政、研究者、教育機関、地域団体等による取り組みを含みます。
【1970~1990年代】
1974年
鈴木茂「伊豆石と江戸城」が『歴史手帖』第2巻第9号に掲載される。
1979年
稲取ふるさと学級『江戸城・大阪城と伊豆石―伊豆稲取―』が刊行される。
1981年
鈴木茂「江戸城と伊豆石」が『伊豆新聞』に連載される。
1991年
『史跡石垣山Ⅰ』小田原市文化財調査報告第35集が刊行される。
伊東市教育委員会『宇佐美北部石丁場群分布調査報告書Ⅰ』が刊行される。
1992年
『史跡石垣山Ⅱ』小田原市文化財調査報告第38集が刊行される。
1993年
『史跡石垣山Ⅲ』小田原市文化財調査報告第44集が刊行される。
1994年
岡田善十郎・金子浩之「伊豆石丁場遺跡調査の現状」が、江戸遺跡研究会の研究成果『江戸時代の生産遺跡』に掲載される。
加藤清志「火山の国に住んで」等が『ほっといず』に掲載され、伊豆石の歴史や石材について紹介される。
1995年
鈴木茂「江戸城石垣と伊東の石切場」が、伊東市教育委員会『伊東・文化財とその周辺』に掲載される。
北原糸子「伊豆石丁場と都市江戸の構築」、小沢詠美子「江戸における石材流通」が、江戸城外堀跡に関する発掘調査報告書に収録される。
1996年
「豆州戸田村の石材切出し(二)」が『伊豆史談』第125号に掲載される。
1998年
下田の石材加工業と地域の石材業者への聞き取りに関する論考が『伊豆歴史文化研究』創刊号に掲載される。
【2000年代】
2000年
金子浩之「近世伊豆産石材研究ノート」が『考古学論究』第7号に掲載され、近世伊豆産石材の範囲、種類、流通等について整理が行われる。
2001年
内田「早川小田原産の江戸城石垣石―加藤肥後守石場から献上石図屏風まで―」が『小田原市郷土文化館研究報告』No.37に掲載される。
2003年
金子浩之・杉山宏生「江戸城の石切丁場」が『石垣普請の風景を読む』に収録される。
2007年
早川石丁場群関白沢支群に関する調査成果が、かながわ考古学財団の調査報告として刊行される。
2008年
小田原市内の石丁場に関する調査成果が、発掘調査成果発表会・公開セミナーで報告される。
2009年
熱海市教育委員会が『熱海市内伊豆石丁場遺跡確認調査報告書』を刊行する。
【2010~2013年】
2010年
『伊豆歴史文化研究』第3号が「伊豆の石」を特集し、伊豆の石材、石工、石仏等に関する研究成果がまとめられる。
伊東市教育委員会が『静岡県伊東市 伊豆石丁場遺跡確認調査報告書』を刊行する。
2011年
静岡県考古学会によるシンポジウム資料集『江戸の石を切る―石丁場遺跡から見る日本の近世社会―』が刊行される。
2012年
小田原市が「小田原の遺跡探訪シリーズ7」として、史跡石垣山及び早川石丁場群関白沢支群を紹介する資料を刊行する。
公益社団法人静岡県建築士会等によって、伊豆石の蔵を対象とした調査・地域活動が進められる。
2013年
国立歴史民俗博物館で歴博映像フォーラム8「石を切る―採石技術の伝統と革新―」が開催され、採石技術、石切場遺跡、石垣普請等に関する研究成果が報告される。
【2014~2016年】
2014年
伊東市教育委員会が『静岡県伊東市 伊豆石丁場遺跡確認調査報告書Ⅱ』を刊行する。
下田市では南豆製氷所の保存をめぐる市民活動が行われた後、建物が解体される。
公益社団法人静岡県建築士会等による伊豆石の蔵の調査・展示活動が進められる。
静岡市清水区では、地域団体による石造建築物の調査が進められる。
『沼津市博物館紀要』第38巻に、沼津市戸田地域の石丁場調査成果が掲載される。
2015年
静岡県教育委員会文化財保護課が『伊豆半島の石丁場遺跡』を静岡県文化財調査報告書として刊行し、伊豆半島の石丁場遺跡を広域的に整理する。
江戸遺跡研究会編『江戸築城と伊豆石』が吉川弘文館から刊行され、江戸城・都市江戸と西相模・伊豆の石材供給との関係が総合的に論じられる。
小田原市が早川石丁場群関白沢支群に関する分布調査報告書を刊行する。
『沼津市博物館紀要』第39巻に、西浦地区の石丁場調査成果が掲載される。
2016年
小田原市・熱海市・伊東市にまたがる「江戸城石垣石丁場跡」が国史跡に指定される。
伊豆・西相模地域に残る近世石材生産遺跡の歴史的価値が、国の文化財として位置づけられる。
【2018~2021年】
2018年
下田市歴史的風致維持向上計画が国の認定を受け、地域の歴史的建造物、生業、町並み等を保存・活用する制度的な取り組みが進められる。
2019年
任意団体「伊豆石文化探究会」が発足する。
伊豆石を地域文化資源として捉え、調査研究、記録、情報発信、地域交流等を行う活動が始まる。
石材産業を地域資源として活用する他地域との交流・ネットワークづくりも進められる。
2020年
土屋和男「[報告]近代初頭における天竜川下流域の治山と木材流通―材木と伊豆石を巡って―」が『常葉大学造形学部紀要』第18号に掲載される。
伊豆石文化探究会が沼津市で「しずおか街並みゼミ」を開催する。
熱海市で史跡江戸城石垣石丁場跡の保存活用に関する計画が策定される。
2021年
磐田市文化財保存活用地域計画に伊豆石が位置づけられる。
伊東市が『史跡江戸城石垣石丁場跡(宇佐美北部石丁場群)保存活用計画書』を策定する。
伊豆石文化探究会が静岡県東部の石造建築物に関する調査成果をまとめる。
「伊豆石」が「遠州遺産100」に登録される。
西山弘泰「大谷地区そして大谷石文化の発展を考える―伊豆石に関する視察を通して―」が『宇都宮共和大学都市経済研究センター年報』第21巻に掲載される。
安森亮雄・小林基澄「関東近県の軟石:大谷石・房州石・伊豆石の比較と都市間ネットワーク―『石のまち』における石材産業と石造建造物に関する研究(1)」が発表される。
【2022~2024年】
2022年
藤枝市茶町の大型石造倉庫をめぐり、地域住民や文化関係者等による保存活動が行われる。
剣持佳季「忘れ去られた日本近代国造伝説―伊豆石産業史の視点―」が『伊豆新聞』に全5回で連載される。
日本建築学会大会で「伊豆石の文化圏と地域性に関する研究」シリーズの発表が始まり、伊豆石研究が石丁場・石垣から、石造建築物、景観、地域性、近代石材産業へと展開する。
歴史地理学会大会で、明治・大正期の伊豆半島における石材産業の動態に関する研究成果が発表される。
2023年
一般社団法人伊豆石文化探究会を設立する。
伊豆石文化探究会が登録を支援した「伊豆石産業遺産群」が、沼津市「ぬまづの宝100選」に登録される。
一般社団法人伊豆石文化探究会が『下田市石切場の3D点群取得及び歴史的価値評価報告書』を刊行する。
日本建築学会大会で、沼津市西浦地域の伊豆石景観、明治期東京府における伊豆半島産石材の建築利用等に関する研究成果が発表される。
2024年
磐田市掛塚で「しずおか街並みゼミ」が開催され、歴史的建造物や地域文化資源の保存・活用をめぐる交流が行われる。
沼津市文化財保存活用地域計画が2024年12月20日に文化庁長官の認定を受ける。
伊豆石文化探究会等による調査成果に関連する「伊豆石産業遺産群」が、地域の歴史文化資産として位置づけられる。
剣持佳季による伊豆石及び石材産業をテーマとした連載が、日本建築士会連合会『建築士』で開始される。
【2025年】
2025年4月
剣持佳季・安森亮雄「近代伊豆石産業とその文化圏に関する研究(その1):明治・大正・昭和初期の伊豆半島の石材産地に関わる調査の変遷」『日本建築学会計画系論文集』第90巻、第830号、pp.840–851。DOI:10.3130/aija.90.840
伊豆半島の石材産地を対象として行われてきた近代の各種調査を整理し、地質調査から建築調査、さらに全国的な石材調査へと展開した過程を明らかにする。
2025年
『建築士』における伊豆石・石材産業をテーマとした連載を継続する。
一般社団法人伊豆石文化探究会は、石切場跡、石造建築物、石材流通、地域文化等を対象とした調査、記録、教育普及、保存活用支援を継続する。
【2026年 研究・保存・教育・国際発信の展開】
2026年1月
剣持佳季・安森亮雄「近代伊豆石産業とその文化圏に関する研究(その2):明治・大正期に東京・横浜へ流通した伊豆石・房州石・大谷石・稲田石・甲州御影の産業規模の比較」『日本建築学会計画系論文集』第91巻、第839号、pp.155–166。DOI:10.3130/aija.91.155
2026年
下田市内の大賀茂(桧沢)石丁場及び敷根山石丁場について、一般社団法人伊豆石文化探究会が現地調査、記録、歴史的価値の整理及び地域遺産としての保存活用支援を進める。
地域の学校からの依頼を受け、まちの成り立ちや石材文化を題材とした教育活動を実施する。
地域の食文化、石蔵、伝統行事等を題材とした体験・学習活動を、地域団体等と連携して実施する。
一般社団法人伊豆石文化探究会が「しずおか未来づくりネットワーク」に参加し、地域づくり団体、行政、研究者等との連携を拡大する。
石切場跡、石造建築物、温泉文化等に残る石材利用について、現地調査、聞き取り調査、石材試験、記録等を進める。国内外に向けたウェブサイト、地図、講演、展示、学会発表、専門誌への寄稿等を通じて、調査研究成果の社会還元を進める。
2026年9月
剣持佳季・安森亮雄「近代伊豆石産業とその文化圏に関する研究(その3):明治期から昭和初期の東京の石材市場と近代建築に利用された伊豆石の種類」『日本建築学会計画系論文集』第91巻、第847号、pp.2182–2193。DOI:10.3130/aija.91.2182
「伊豆石」は、特定の一種類の岩石を示す地質学的な名称ではなく、歴史的には伊豆半島とその周辺で産出し、建築・土木・石造物等に用いられた石材を指す呼称として使われてきました。その意味や範囲は時代によって一定ではなく、産地名、石質、用途、市場での呼び方が重なりながら形成されてきたと考えられます。
伊豆とその周辺では、古くから石材利用が確認されています。古墳時代には、伊豆周辺を産地とする凝灰岩質石材が石棺等に用いられた事例が知られています。ただし、この時代の石材を後世と同じ意味で「伊豆石」と呼んでいたわけではなく、石材利用の長い歴史を示す事例として捉える必要があります。
近世になると、伊豆半島北部から相模湾西岸にかけての地域は、江戸城をはじめとする城郭・都市建設のための重要な石材供給地となりました。各地の石丁場で採石された石材は海岸まで運ばれ、船によって江戸や駿府等へ輸送されました。史料上では「御用石」「堅石」「伊豆石場」などさまざまな表現が確認されており、現在使われる「伊豆石」という名称をそのまま近世全体へ遡らせることには注意が必要です。
明治期以降になると、石材産業の民間市場への移行とともに、産地名や商品名による呼び分けが明瞭になります。史料では、安山岩質を中心とする硬質石材が「伊豆堅石」、凝灰岩質を中心とする加工しやすい石材が「伊豆軟石」などと区別されました。さらに、月出石、小川沢石、白丁場石、横根沢石など、採石地や商品に由来する名称も用いられています。このため、「伊豆石」を一つの岩質や一つの産地に固定して理解するのではなく、時代ごとの産地・石質・用途・市場での呼称を区別して考える必要があります。
近代には、伊豆半島及びその周辺の石材が東京・横浜を中心とする建築・土木市場へ大量に供給されました。一般社団法人伊豆石文化探究会による近年の研究では、明治・大正期における主要石材産地の産業規模や東京の石材市場、近代建築に使用された伊豆石の種類について検討を進めています。その結果、伊豆石は明治期の首都圏石材市場で重要な位置を占め、城郭用石材から近代建築・土木用石材へと用途や流通形態を変化させながら利用されていたことが明らかになってきました。
また、伊豆半島とその周辺には、石丁場跡だけでなく、石蔵、倉庫、住宅、石垣、土木構造物等が現在も残されています。2020~2021年度に伊豆石文化探究会が行った静岡県東部5市町の調査では、約400棟の石造建築物が確認されました。こうした遺構や建造物は、採石地だけでなく、石を運んだ港や交通路、石工、石材商、利用地までを含む広域的な石材文化を考える手がかりとなります。
当会では、このような採石・加工・輸送・流通・利用のつながりを「伊豆石文化圏」という視点から捉えています。「伊豆石」という名称を固定的に定義するのではなく、それぞれの時代の史料、産地、石質、用途を確認しながら、伊豆とその周辺の石材産業が地域社会や江戸・東京、横浜等の都市形成にどのように関わってきたのかを明らかにすることを目指しています。
【主な参考文献・研究成果】
・金子浩之「近世伊豆産石材研究ノート」『考古学論究』第7号、立教大学考古学会、2000年。
・加藤清志「伊豆石と澤田石」『伊豆歴史文化研究』第3号「伊豆の石」、伊豆歴史文化研究会、2010年。
・秋池武『近世の墓と石材流通』高志書院、2010年。
・江戸遺跡研究会編『江戸築城と伊豆石』吉川弘文館、2015年。
・静岡県教育委員会文化財保護課『伊豆半島の石丁場遺跡』静岡県文化財調査報告書、2015年。
・剣持佳季・安森亮雄「近代伊豆石産業とその文化圏に関する研究(その1):明治・大正・昭和初期の伊豆半島の石材産地に関わる調査の変遷」『日本建築学会計画系論文集』第90巻、第830号、pp.840–851、2025年。DOI:10.3130/aija.90.840
・剣持佳季・安森亮雄「近代伊豆石産業とその文化圏に関する研究(その2):明治・大正期に東京・横浜へ流通した伊豆石・房州石・大谷石・稲田石・甲州御影の産業規模の比較」『日本建築学会計画系論文集』第91巻、第839号、pp.155–166、2026年。DOI:10.3130/aija.91.155
・剣持佳季・安森亮雄「近代伊豆石産業とその文化圏に関する研究(その3):明治期から昭和初期の東京の石材市場と近代建築に利用された伊豆石の種類」『日本建築学会計画系論文集』第91巻、第847号、pp.2182–2193、2026年。DOI:10.3130/aija.91.2182